6月8日に第3回目となる緊急食糧支援を行いました。今回はカトマンズ(都市部)から約2時間離れたパナウティという街のスラム街に住む困窮家庭の方を対象に食糧配布を行いました。前回と同様にダルバート(国民食)の材料お米・豆・塩等を約20家庭分用意し、スラム街に住む中で特に困窮している家庭の方達に優先的に手に渡るように配布を行いました。配布先の決定や、配布作業の際にはパナウティの自治体の方々にもサポートを得て問題なく活動を終えることが出来ました。
配布先の家庭の人々は普段、荷物を運ぶ仕事・人力車等の仕事を行なっていますがロックダウンの影響で仕事をすることが出来なくなっています。中には畑仕事をしていた人もいますが、畑の持ち主の方も本業を失い、持ち主のかたが自ら畑仕事をするようになった為彼らは畑仕事さえもすることが出来なくなりました。以前まで彼らは、1日平均1500Rsの収入を得ていましたが、ロックダウンの影響で失業し最近は1日400Rsほど収入を得ることができればいい方という状況でした。
このようにパナウティ以外にも、ネパール全体で日雇い労働者の失業は問題視されており、困窮化が進んでいます。さらに困窮化が進むに連れ、飢餓問題とともに生活にいきづまり自殺数も増えてきているようです。食糧支援活動は単発的な活動ではありますが、今のネパールにはこの“食”というものが最も求められており、生死を左右するものとなっているのではないかと思います。今後もこのように何が求められており、何が必要なのかを見極めながら活動を行なっていきたいと思います。
ネパールは2ヶ月以上のロックダウンが未だに続いています。非必需品を取り扱うお店は閉まっておりもちろん学校なども開講されていませんが、日本と同様にネパールの都市部では映像授業を取り入れている学校もいくつかあります。そしてネット環境問題に対し、携帯会社とトリブバン大学が提携し学生向けにパッケージプランを販売するなどの対策も取られています。しかし、学校自体にコンピューターがないという問題も存在し、公立学校で映像授業を取り入れているのは全体の12%に過ぎません。
さらに農村部では、自宅でインターネットに繋げることができる学生は10%未満であり、数十世帯はテレビすら持っていない家族も存在します。ネパールのような途上国でロックダウンが行われるということは、労働者のみならず子どもまで平等に教育をきちんと受けることができないという問題も浮上し、とても深刻な問題となっています。
5/26日に第2回緊急食料支援活動を行いました。今回はApanga Sewa Kendraという障害者施設に配布を行いました。この施設には約20人の障害を持った方達が共同生活をしています。彼らは障害を持っていますが、『手足を器用に動かすことができる』ということが全員の共通点です。その特徴を生かし、彼らは普段フェルトで手作りのストラップやバッグ、スリッパなどを作成し、それらを販売しその収入を生活費の一部に当てています。しかし、長引くロックダウンにより収入を得ることができずに、食料を買うことすら困難になっている状況でした。そこで緊急食糧支援として約1ヶ月分の食材の提供を行いました。以前と同様にダルバート(国民食)の材料である、米(30Kg×10)・豆(10Kg)・油(10Kg)・塩(10Kg)・砂糖(10Kg)・乾燥米(10Kg)・ビスケット(5パック)の配布を行いました。彼らは健常者と違い2ヶ月以上続くロックダウン中に散歩へ行ったりして気分転換も行うことができず精神的にも苦しんでいましたが、私たちが行くことによりいつもと違う雰囲気を味わうことができ、食料と笑顔で少しでも彼らに一緒に困難を乗り越えていく勇気を与えられたのではないかと感じています。子どもや障害者など誰1人残らず全員でこの困難を乗り越えていきたいと思います。
ネパールでは3月24日からロックダウンが始まり、延長を繰り返し現在6月2日まで続く予定です。ロックダウン直後からお店のシャッターは全て閉まり、鳴り響いていた車のクラクションの音も街から消え、今まで見たことない景色に一瞬にして変わりました。そして、政府は感染拡大措置として国民に促すために手洗い・一定の距離を保つように電話の呼び出し音をそのことについての忠告に変えたり、道端には手洗いができるように一定の間隔に水のタンクが設置したりするなど、工夫された予防措置が取られています。早朝6時頃と夕方17時〜19時の間は食料品・日用品のみのお店が開いており、外出することが認められています。また、乗り物に乗る際は、事前に許可証を発行していれば道路を走行することが可能です。しかし、道路に一定の間隔で警察が待機しているため、許可証がなかったり、緊急な理由がなかったりすると通り抜けることができないこともあります。
現在ロックダウンは約2ヶ月続いています。そのため経済が停滞し、都市部に出稼ぎに来ていた人や、日雇い労働者などは職を失うリスクにさらされ貧困世帯が困窮し、人々の生活は日に日に厳しい状況へとなってきています。そこでサンタンは現地の女性会の方達と協力し、緊急食糧支援を行いました。ネパールの主食である『ダルバート』を作る際に必要なお米(25kg)・豆(2kg)・砂糖(1kg)・塩(1kg)・油(1kg)また、病院とも協力し手を洗うように石鹸も用意しまいた。これを1セットとし、65世帯の配布を行いました。主に、サンタンが行っている子ども食堂の子供達の家庭・スラム街に住む家庭・その周辺に住む家庭を対象に配布を行いました。
配布する際は、写真のように感染予防をしっかり行ったうえで警察の指示に従いながら実施しました。
1人でも多くの人たちがご飯を食べ栄養を摂って欲しいです。深刻な状況下ではありますが、食べる活力を見出しみんなと一緒にこの危機を乗り越えていきたいと思っています。
これはネパールで有名な“モモ”という料理です。蒸し餃子のような見た目と味をしています。パクチーが入った少し辛めのソースを助けて食べるのが一般的です。ネパール人は主食ではなく、おやつとしてよく食べています。
現在ネパールでもコロナウイルスの影響が出てきています。比較的感染者は少ないですが、政府が規制を厳しく取り締まっています。3日間でカトマンズ(都市部)から故郷の村に35万人のネパール人が帰省したようです。繁華街であるタメルでさえも店が閉まっており、人通りもとても少ない状況です。
日本語学校を訪問してきました。ここでは将来日本で、日本のIT技術や電力発電などを学びたいエンジニアたちが日本語を一生懸命に学んでいました。
Yo ke ho? (ヨ ケ ホ)
これは何ですか?
10月のダサインと呼ばれる大きなお祭りが終わり、11月5日から9日はティハールと呼ばれるヒンドゥー教のお祭りがありました。
新月の2日前から始まるこの祝祭は、幸運の女神ラクシュミに祈りを捧げるお祭りとされており、ネパールではダサイン同様この期間は休日でした。「光の祭り」とも呼ばれており、沢山の灯りが街中や、一般住宅で灯されていました。日本でいうクリスマス前のイルミネーションの様でした。神様ラクシュミを迎え入れるという意味で、電気やキャンドルで街はカラフルにデコレーションされます。また、家の門やお店の入り口に色粉でマンダラを描き神様を迎え入れる習慣もあります。これらはただ祝うだけでなく、ビジネスなどにも関係するとのことで、お店の前にマンダラを描くのは、神様と一緒にいいビジネスも迎えるという意味が込められています。また、カラス、犬、牛にティカを付けたり、ネワール民族の新年があったり、沢山の行事が詰まった5日間のお祭りでした。
都市部から離れたマイトリナガルと呼ばれる場所にある幼稚園を訪問してきました。
孤児院Rising Lotusの運営者ハリさんの大学時代の同級生が運営する幼稚園で、お金の面で困っていると聞き、お話を聞きにいきました。3歳から7歳までの子供達が16人通っており、日曜日から金曜日までの6日間学校は開いています。月に1人3000円程の学費が入るそうですが、家賃や毎日提供しているお昼ご飯代なども含めると毎月の支払いで運営費にマイナスが出てしまい、スタッフの給料などは実費で払うこともあるとのことでした。現在は文具、ボランティアスタッフ、ライブラリーなど、必要としているものは沢山あるとお聞きしました。
幼稚園内の見学を行った際、建物内はテレビやキッチンなど設備も整っている部分が見受けられました。この1ヶ月間、沢山の連絡を運営者のビスヌさんからもらいましたが、少し支援慣れをしている様子が伺えました。貧困な場所でも、他の支援先と比べるとまだ裕福な環境が揃っているように感じました。今後も、どこの支援先に行くにあたっても支援が本当に必要な場所はどこなのか、必要としているニーズは何なのか、しっかりと確認し調査していきたいと思います。
AESN(Asia Education Support Network)と呼ばれる日本が運営するネパール人の学生を対象とした奨学金システムの修了式に参加していきました。
日本語協会JALSANの元会長であるスバトラさんはこのプログラムが始まった頃から運営に携わっており、日本とネパールを繋げてきました。このプログラムは1995人に2人の学生たちから始まり、24年間に渡り貧しい子供達が高校を卒業できるように、日本側からサポートする奨学金制度が行われました。そして今回が最期の卒業生でこの奨学金制度は終わり、25年間の活動を全て含めた閉会式のMC、同時通訳者として式に参加しました。日本からは15名の里親を務めた日本人の方々が来られ、奨学金を受けた生徒達と家族を含めて100人ほどの参加者が来られました。この制度では毎年2人の子供達へ奨学金が送られていたおり、今回の閉会式で奨学金を受けた子供達の現在の活躍などの報告もありました。全体の93パーセントの生徒が高校を卒業し、仕事、結婚、大学、海外留学などしっかりとこの制度を通して次のチャンスを継がんでいます。日本より支援したいと思う人と、ネパール現地で支援を必要としている人々を繋げていくこと、継続的な支援の大切さを改めて実感しました。
今後この奨学金制度とはまた異なりますが、何かネパールと日本を繋げられるような活動にも目を向けていきたいと感じました。
柔道協会のダルマさんのオフィスにお邪魔し、12月中旬に開催予定の柔道大会、パラ柔道大会の打ち合わせを行いました。
今回で5回目の開催になるこの大会ですが、エベレスト山付近にある柔道を行なっている孤児院の子供たちや、日本で柔道を行なっている大学生、ブータンの子供達などの招待も考えており、今までで一番大きい国際的な大会を開く予定です。国際的な大会を開催するにあたって、いくらかの運営費を国からも貰えるとも聞きました。しかし予算がすこし足りておらず、何か手伝える事があれば、一緒にこの大きな大会の開催を協力していきたいと考えています。ネパールでは自分から動かないと大会は開けないと語っていたダルマさんですが、柔道に対する思いは強く、ネパールの柔道をこれからも盛り上げていきたいとのことでした。東京オリンピックに向け、ネパールの柔道レベルも着々と上がってきています。ネパール国内の柔道の発展に貢献できるような、とても興味深い大会になると考えています。大会に向けてサンタンからはどの様なサポートができるかしっかりとアイデアを練り、準備していきたいと思います。
女性会会長パルさんと日本食レストランotafukuのオーナーのナビンさんと子供食堂のミーティングを行い、内容を着々と固めています。子供食堂を始めるにあたって、はじめに必要となる調理器具などのリストを作り、金額の見積もりを行いました。また、栄養のある食材を使ったメニューなども日本食レストラン経営の知恵も借りて考え、順調に話が進んでいます。
また、参加対象となる貧しい子供たちがいると聞き、同じ地域にある市立学校のPhoenix academy を訪問しました。貧しい家庭で育ち、奨学金を受けて学校に通っている3歳から16歳までの子供たちにもお会いしました。生徒数140人中22人が全額免除の奨学金を受けており、子供たちの親は肉体労働関係の職業で月に1万円程しか収入がないとお聞きしました。普通の学生でも授業料はとても安い学校ですが、本当にとても貧しい子供達にも全面的にサポートをしている良い学校だと見受けられました。校長先生の知り合いであるネパール政府の方のサポートでこの奨学金制度が成り立っているとのことでした。ただ無料で食事を提供するのではなく、しっかりと子供達の親には栄養食事についての知識を伝え、子供達にも食事後に無料で勉強のできる学びの場を作る予定です。
12月の最終土曜日を目標に、第一回目を開催できるように準備を進めていきます。
都市部から少し離れたキルティプルという場所にある、女の子が約30人いる孤児院にバレーボールコートの設置を計画しています。ネパール内でとても優秀な成績を収め、奨学金などをもらっている子供たちもいる孤児院ですが、子供達は学校が終わってからも長い時間孤児院で勉強をします。一度、バスケットボールの指導を行った際、子供達はスポーツをする時間ももっと欲しいと話してくれたため、運営者のHariさんと相談し、バレーボールコートの設置を企画しました。設置にあたって必要になるのはポールが二本とネットのみで、地面にポールを埋めたりセメントで固めたりする作業は地元の方々が無料で行なってくださりました。また、ポールを使わないときは地面から取り外し可能な物を作っていただき、バレーボール以外にも高さの調整を行うことでバトミントン用としても使えるようになっています。後日、バレーボールコート贈呈のセレモニーを行ってくださいます。
11月中旬には、日本の一般社団法人Chefukoが孤児院Rising lotus に訪問され、子供達の体力測定、大人の方に向けたセラピーマッサージの支援を行われました。
震災後、ネパールには毎年2回の訪問をしており、子供達に対しての教育面の支援、そしてセラピーマッサージを通して現地の人々の気持ちをリラックスさせる支援活動を行なっています。今回は日本から5名と、ネパールのNGO団体Happy Earth Nepalから日本語の話せるネパール人の方に来られ、ネパール人メンバーが日本語の通訳を行い、子供達とコミュニケーションを取っていました。子供達に今回体力測定を行った理由としては、実際に自分自身の運動能力で何が不足していて、何が人よりもズバ抜けているのか? などを子供達に楽しみながら知ってもらうためとの事でした。
また来年の夏にネパールに来られるとのことです。
カトマンズ市内から1時間ほど離れたバクタプルと呼ばれる場所にある、NICDSという孤児院を訪問してきました。
この孤児院は、学生団体として活動をしていた3年前から関わりがあり、孤児院の運営者であるシバさんから連絡をいただき今回は訪問する形になりました。現在、約40人の子供たちが暮らしており、孤児院卒業後は、孤児院の運営を手伝っている子や、高校卒業後には自立して暮らす子供たちも多く居ます。子供達は普段お肉やお菓子などを食べる機会が少ないため、今回の訪問で鶏肉8kg、お菓子の詰め合わせを寄付しました。少し離れた場所にあるため、長い時間の滞在はできませんでしたが、また訪問したいと考えています。
現在いくつかの団体や、観光客から支援は入っていますが、以前より少し運営が難しくなっていると聞きました。また詳しく知るために、訪問し自分の目でニーズを確かめたいと思います。
ネパールの大学などをまわり、大学内の学生が多く集まる場所にテーマを決めボードをおき、自由にアイデアを書いてもらうという形の企画を現在進めています。この企画は、TEDx と呼ばれる世界的なプレゼンテーションのカンファレンスの内容の1つである「before I die…」をモチーフにしたもので、世界中で同じ活動が行われています。ネパールではまだ企画されたことがなく、第一回目を開催する予定です。
現在考えているボードのテーマとなる内容は、「死ぬ前に達成したいこと」、「もしネパールを変えられるとしたら」の2つです。
before I dieの企画に必要となるボードも完成し、受け取りました。現在、ビソバサ大学、カトマンズ大学、トリブバン大学で企画を行う予定で、先方と連絡を取り合っています。年内にどこかの大学で一度は開催できるように進めています。また、大学以外でも沢山の人が集まるイベントなどがあれば置かせていただけるようにしていきたいと考えています。
11月はティハール休みが明け、ネパール語の授業も再開しました。休み前に受けていた授業と比べ、授業内容のレベルとスピードが上がりました。そして来月12月上旬には期末テストが行われます。期末テストは、ライティングのテストが2つ、リスニングとスピーキングの4つのテストがあります。ライティングでは文法だけでなく、決められたトピックについて文章を作ると言うものもあるとのことで、授業内で教えていただいた重要な部分をしっかりと勉強し、良い成績が残せるように予習復習していきたいと思います。 また、現在進行中の企画もしっかり成功できるように準備を進めていく予定です。
2023.07.04
サンタングループ社員旅行
in 北海道
2023年6月15日から17日の3日間、
サンタングループ総勢56名で社員旅行を実施いたしました。
普段は関わりの少ないメンバーとコミュニケーションをとる事で
今後の仕事がプラスへ繋がる充実した時間となりました。
年に1度、全社員が楽しみにしている行事です。